創刊10周年記念
「吟遊」60句選
鎌倉佐弓選 2008年5月31日
オーロラが別れに揺れる空飛ぶ法王
夏石 番矢
ポストまで歩けば二分走れば春
鎌倉 佐弓
オフリッド湖/死のふところでさえ/自然はほほえむ
カジミーロ・ド・ブリトー
針一本輝きながら空の旅
流 智明
階段にもの音/ドアを開けると/君の匂い
モハメッド・ベニス
日本敗れて太平洋にバラ一輪
鮫島 康子
巻貝の内側のぼる月あかり
羽田野 令
犬らしくうろつくためにユリシーズ
木村 聡雄
われ人にあらず/霧/その重さは青空
レオンス・ブリエディス
蛾たち/わが夢を読み続ける/信頼できる仲間
ノルマンタス・パウルス
生きる意味蟻の背中に書いてある
大里 順
骨は古道に枯れ/鬼泣いて北風に號ぶ
石倉 秀樹
逃げてしまえば懐かしい焼野原
秋尾 敏
死の床で/坑夫が憶えている/ランプ
マリンコ・コヴァチェヴィッチ
冬ざれへ胴体着陸する乳房
長谷川 裕
凍天を端からめくる観覧車
宇田川 寛之
冬の夜/睡魔は/背骨を通ってやってくる
ジム・ケイシャン
戦争と戦争の間の朧かな
堀田 季何
窓は時に憧れる おーい 雲
吉田 艸民
歩道の石/ばらまかれた/夢の破片
ダヴィード・ロドリグス
真昼真夜中/犬と猿の間に消えたのは/死か生か
ジョルジュ・フリーデンクラフト
風穴をあけろドラマー無数の手
竹内 絵視
冬を避け/私は眠る/完璧なエメラルドのなかで
ジョン・サンドバッハ
雪虫よ夜のガラスは薄からん
阿部 吉友
天国の裏庭にあるコップと空虚
丹下 尤子
キューバにて/鳥鳴けば/キューバなつかし
オルランド・ゴンザレス・エステヴァ
獣はそれ自身闇/だがその男根と舌/明るい赤
アンドレス・エヒン
原っぱに巨人の気配あり炎昼
山岸 竜治
老人がいたるところで灼けてをり
鈴木 伸一
辿りつく運河の果ては蝶の群れ
藍原 弘和
夕べの客/少女は大きく窓を開く/月へと
ヴァシーレ・モルドヴァン
待つは光の破片 あの橋の上で
雲井 ひかり
また雪が降るひとごとのように降る
石川 青狼
とある夜の鼬むささび女の童
小島 ノブヨシ
ぷかぷかの雲浮び大草原は見開きに
福富 健男
葉は落ちる/だが最初に心に/世界が終わる
コリネリウス・プラテリス
ウチナーの雷は大樹を裂きて燃ゆ
斉藤 国彦
指にふと紙が刃となる凍て夜
尾田 明子
命の根ふわふわ浮いて初日の出
金子 泉
林檎園/妻との最初のデートで/かごをいっぱいにした
ジャック・ガルミッツ
紅葉や恋のはじめの指遊び
佐藤 文子
硫黄島土竜は穴を掘りやめず
安藤 緑彗
黄葉期 神の名簿の順に行く
三輪 薫
歌います私も仲間ウォーターポピー
時広 智里
わがそばを通るバス/夜ふけて/旅するのは雨だけ
ラウール・エナオ
白駿馬どこかで春の口笛が
高宮 千恵
山葵田が雲のことばを抱いている
金城 けい
静寂がある/誰かがなお静寂を生み出そうとする
プラバル・クマール・バス
都市の広場/鳩たち争う/トマトの輪切りで
ジェラルド・イングランド
皿の半分は残すと分かっているポテトチップス
清水 国治
結氷期イルカは母のため潜る
松本 勇二
酔顔としらふの境我に無し
川口 外狼
さくらんぼ手のひらは風のざわめき
白石 司子
桜の花々/霧をなす/そこで俳句は消える
ジャン・アントニーニ
人形たち極彩色の夢 苔の運ぶ夜明けに
松岡 秀明
海を割る奇跡新緑の道を行く
山本 一太朗
くちばしに光線/燕は修理している/巣を
チュリリム・ムーチャ
夜に/ちょうどよい/黒ずんだ一本のバナナ
ポール・フルガー・ジュニア
秋空や 異界から覗くものあり
フー
受話器の向こう父が小さく見える
富川 力道